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奈良地方裁判所 平成4年(行ウ)5号 判決

原告

吉野勉

外三七名

右訴訟代理人弁護士

吉田恒俊

坪田康男

佐藤真理

相良博美

北岡秀晃

右吉田恒俊訴訟復代理人弁護士

宮尾耕二

被告

亡前川堯訴訟承継人

前川清子

亡前川堯訴訟承継人

前川俊子

亡前川堯訴訟承継人

山本泰子

右三名訴訟代理人弁護士

横田保典

被告

小川英昭

右訴訟代理人弁護士

多田実

被告

安田建設工業株式会社

右代表者代表取締役

安田俊雄

右訴訟代理人弁護士

甲田通昭

右訴訟復代理人弁護士

三嶋周治

被告

天理市長

市原文雄

右訴訟代理人弁護士

田中義雄

主文

一  被告前川清子は金六億二五四二万七七二三円、同前川俊子及び同山本泰子は各金三億一二七一万三八六一円、被告小川英昭及び同安田建設工業株式会社は各金一二億五〇八五万五四四六円並びにこれらに対する平成四年六月二四日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を各自天理市に対し支払え。

二  被告天理市長が、被告前川清子に対し、金六億二五四二万七七二三円、同前川俊子及び同山本泰子に対し、各金三億一二七一万三八六一円、被告小川英昭及び同安田建設工業株式会社に対し、各金一二億五〇八五万五四四六円並びにこれらに対する平成四年六月二四日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める請求を怠る事実が違法であることを確認する。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告前川清子は金二〇億二六四八万一八五一円、同前川俊子及び同山本泰子は各金一〇億一三二四万〇九二五円、被告小川英昭及び同安田建設工業株式会社は各金四〇億五二九六万三七〇三円並びにこれらに対する平成四年六月二四日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を各自天理市に対し支払え。

二  被告天理市長が、被告ら各自に対し、被告前川清子は金二〇億二六四八万一八五一円、同前川俊子及び同山本泰子は各金一〇億一三二四万〇九二五円、被告小川英昭及び同安田建設工業株式会社は各金四〇億五二九六万三七〇三円並びにこれらに対する平成四年六月二四日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める請求を怠る事実が違法であることを確認する。

第二  事案の概要

【争いのない事実等】

一  当事者

原告らは、天理市の住民であって、原告吉野勉及び同槇野泰臣は、平成四年三月一八日に奈良県天理市監査委員に対して監査請求を行ったが、監査委員が同年五月一二日に右請求を棄却したため、同年六月九日に本訴を提起し、その余の原告らは、同年九月一八日に同委員に対して監査請求を行ったが、監査委員が同年一一月一三日に右請求を棄却したため、同年一二月一一日に共同訴訟参加をしたものである。

承継前被告亡前川堯(以下「前川」という)は、昭和六三年八月二八日から平成四年四月一日までの間、天理市長の職にあり、天理市の財産を処分する権限を有していた(地方自治法(以下「法」という)一四九条六号)。被告小川英昭(以下「被告小川」という)は、昭和六三年一〇月一六日から平成四年五月三一日までの間、天理市助役の職にあった者であり、前川を補佐する義務を負っていた(法一六七条)。前川は、平成五年一二月一〇日に死亡し、その権利義務をその妻である被告前川清子、その子である被告前川俊子及び同山本泰子が相続により承継した(前川の子土佐英子、同前川浩二は相続放棄をした)。

安田建設工業株式会社(以下「被告安田建設」という)は、建築請負業等を目的とする資本金四八〇〇万円(平成三年二月五日、一二〇〇万円から増資された)、従業員一〇人ほどの会社である(被告安田建設代表者の供述)。

二  本件土地の売却の経緯

1 奈良県から天理市が本件土地を購入した経緯

天理市は、昭和四八年に、奈良県に対し別紙一覧表1の合筆前の本件土地欄記載の各土地(合計1万4308.88平方メートル、以下「本件土地」という。本件土地は、平成三年八月一三日に合筆により同表1の合筆後の本件土地欄記載の二筆となった)を二億二一二六万円余りで売却したが、その後、これが遊休地となっていたため、天理市は、奈良県に対し、平成二年八月三〇日付けで、温水プール及び付属スポーツ施設、テニスコート、公園等の整備計画のため、本件土地の譲渡を依頼し、同年九月二一日に同市議会の議決(平成二年九月一一日議案提出、取得目的、民間活力による温水プール等施設用地)を経て、平成二年九月二八日、奈良県から本件土地を代金七億四五八二万七九五四円で購入した(甲一、三の3ないし5、七、四九)。

2 天理市から被告安田建設へ本件土地を売却した経緯

天理市は、平成三年二月二七日、被告安田建設と次の内容の本件土地売買仮契約を締結し、同年三月一五日、同市議会により承認の議決がされたことにより本契約を締結したものとなった(甲二、六、五一、丙五一)。

① 売買代金

九億七九九四万四五五四円

② 権利義務の譲渡等の禁止

被告安田建設は右契約によって生ずる一切の権利義務を、同社代表取締役安田俊雄以外の第三者に譲渡し、又は履行を委任することができない。

ただし、天理市の書面による承諾を得たときは、この限りでない。

③ 被告安田建設は、本件土地を経営する民間活力による温水プールを核としたリクリエーションゾーンの整備用地に供するものとし、天理市の承諾を得た場合を除くほか、この用途以外に使用してはならない(以下「用途指定」という)。

④ 被告安田建設は、やむを得ない理由により、用途指定を変更しようとするときは、変更を必要とする理由及び変更後の計画を記載した書面をもって天理市の承諾を受けるものとする。

⑤ この契約は、天理市議会の議決のあったときに、この契約と同一の内容により、本契約を締結したものとする。

3 転売及び用途指定変更の承諾

平成三年五月一七日付けで被告安田建設から、①本件土地のうち1万1699.09平方メートルを分筆し、株式会社近鉄百貨店(以下「近鉄百貨店」という)へ、建築条件付にて譲渡し、平成三年七月下旬予定にて所有権移転を行う、②本件土地の一部を譲渡先である近鉄百貨店の物流センターの用途とする、との変更申請が天理市に対してされ、平成三年五月二〇日付けで天理市長前川堯名義の承諾書が作成されたが、同市議会の議決はされていない(甲四二、四三、乙七)。

4 土地交換契約

被告安田建設は、平成三年八月一三日、本件土地を別紙一覧表2記載のとおり分筆し、更に、同月二七日、別紙一覧表3記載のとおり分筆した。被告安田建設は、同月一九日、本件土地の一部である天理市嘉幡町一四六番六(173.68平方メートル)及び同番七(21.47平方メートル)の合計195.15平方メートルと天理市所有の同町一五五番二(118.29平方メートル)、同町一五六番二(104.72平方メートル)及び同町二一〇番三(47.97平方メートル)の合計270.98平方メートルを交換した。被告安田建設は、同町一五五番二を同番二(50.90平方メートル)と同番三(67.38平方メートル)に、同町一五六番二を同番二(24.91平方メートル)と同番三(79.80平方メートル)に各分筆し、右交換用地の差75.83平方メートルについては同年九月二五日、右一五五番及び一五六番の各二を右交換契約に基づき天理市に寄付した。(甲七、四五、五五の1及び2、五六の1ないし5、丙七七)

したがって、嘉幡町一四六番六(173.68平方メートル)及び同番七(21.47平方メートル)の合計195.15平方メートルと同町一五五番三(67.38平方メートル)、同町一五六番三(79.80平方メートル)及び同町二一〇番三(47.97平方メートル)の合計195.15平方メートルが交換された。

5 本件土地の一部転売

被告安田建設は、平成三年一〇月二一日、ニチメン住宅販賣株式会社(以下「ニチメン住宅販売」という)の仲介により、浅沼興産株式会社(以下「浅沼興産」という)に対し、本件土地のうち天理市嘉幡町一四六番四、同番五、同番八、一五五番三及び同一五六番三並びに国から買い受けた同七四四番18.49平方メートルの六筆(合計1万1699.07平方メートル)を四〇億円で売却した(丙一一ないし一六、二七ないし二九、五二、五四、六八、七一、七五、七六、七八、七九)。そして、同日、浅沼興産は右土地を近鉄百貨店に四〇億円で転売した(甲二一二、二一三)。

したがって、被告安田建設は、天理市から譲渡を受けた土地のうち、嘉幡町一四六番一(分筆後の登記簿上の地積2206.79平方メートル。なお平成四年一一月二四日付けで錯誤を理由として3386.57平方メートルと更正)と同町二七四番一(373.51平方メートル。なお平成四年一一月二四日付けで錯誤を理由として189.92平方メートルと更正。したがって、両土地を合わせて996.19平方メートル増加)のみを所有している。

【争点】

一  本案前の争点(被告小川の被告適格について)

被告小川は、同人は法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当しないから、被告適格がないと主張するのに対し、原告らは、後記のとおり被告小川に対しては、前川との共同不法行為によって天理市に対して損害賠償義務を負っており、天理市がその損害賠償の請求を怠っているから、被告小川は、法二四二条の二第一項四号の「怠る事実に係る相手方」に該当すると主張する。したがって、被告小川に被告適格があるか否かが本案前の争点である。

二  本案の争点

《原告らの主張》

1 前川の背任行為

前川は天理市長として天理市に対してその事務を誠実に管理し及び執行する義務を負っており(法一三八条の二)、本件土地を「適正な価格」で譲渡すべき義務(法二三七条二項)があった。しかるに、前川は、被告小川及び同安田建設の代表取締役である安田俊雄と共謀の上、その任務に違反し、市長としての裁量を逸脱し、被告安田建設の利益を図るため、本件土地は時価五〇億三二九〇万八二五七円(少なくとも二七億八四四八万二八〇〇円)もするのに、九億七九九四万四五五四円という極めて低廉な価格で被告安田建設に売却し、後記のとおり天理市に対して四〇億五二九六万三七〇三円(少なくとも一八億〇四五三万八二四六円)の損害を与えた。

2 被告小川及び同安田建設と前川の共謀関係

右の前川の背任行為について、被告小川及び被告安田建設代表者らは、前川と共謀して、安田建設とニチメン住宅販売の架空の共同事業体、実体のないコンペや議会工作等に加担したので、同被告らには共同不法行為が成立する。

3 また、本件土地の譲渡契約は、市議会におけるその承認の議決に重大な瑕疵があるから、法二三七条二項に反し、無効である。

4 損害額

① 本件土地のうち1万1699.07平方メートルは、整地された後、平成三年一〇月二一日に四〇億円で売却されており、天理市から被告安田建設への売買も右時点に近接していて、右の価格(一平方メートル当たり三四万一九〇七円)が整地後の本件土地の時価と考えるべきである。仮に右の主張が採用されない場合でも、平成三年八月一七日時点での鑑定(甲五)によれば、「擁壁及び整地工事等にかかる費用」として二〇パーセントを減額補正し、一平方メートル当たり一五万六〇〇〇円としているから、整地後の本件土地の時価は少なくとも一平方メートル当たり一九万五〇〇〇円以上はしていたと考えられる。

② そして、本件土地の公簿地積(更正後)は1万5305.04平方メートルであるから、本件土地の価格は五二億三二九〇万八二五七円であり、甲五の鑑定をもとにすれば、少なくとも二九億八四四八万二八〇〇円である。

③ 本件土地において、建物を建築するに際し、擁壁工事、盛土工事以外の地盤改良工事は不要であり、必要とされる擁壁工事、盛土工事は二億円を超えることはない。

④ したがって、天理市が被った損害は、整地後の本件土地の価格から本件土地の売却代金九億七九九四万四五五四円と擁壁工事、盛土工事費用である二億円を控除した四〇億五二九六万三七〇三円であるか、少なくとも一八億〇四五三万八二四六円である。

5 よって、原告らは、法二四二条の二第一項四号に基づき、主位的に、被告らに対して天理市に対する共同不法行為による損害賠償として、予備的に前川の相続人である被告前川清子、同前川俊子及び同山本泰子に対しては同号の「当該職員」の任務違反による損害賠償として、被告安田建設に対しては本件契約の無効を理由とする不当利得返還請求権の相手方として、請求の趣旨記載の金員の支払を求めるとともに、被告天理市長に対して右の損害賠償の各請求を怠っている事実が違法であることの確認を求める。

《被告らの主張》

1 本件土地の売買価格は、本件土地の改良工事や温水プールの建設をしなければならないこと等を加味すると適正な価格である。

(被告前川清子、同前川俊子、同山本泰子、同小川)

以下の考慮から、本件土地の売買価格が決められたものである。

① 天理市は、奈良県から本件土地を低廉な価格で取得しており、地方公共団体として、土地転がしとの非難を回避する。

② 天理市民が望む温水プールの建設と市民に低料金でこれを利用させるという条件が付せられていた。

③ 本件土地には、し尿その他の廃棄物が埋設されており、その改良に費用を要する。

(被告安田建設)

本件土地には、相当量のし尿を含む廃棄物が埋設されており、被告安田建設は、その土質改良や造成・外構工事等に一五億円を超える費用を出捐している。

2 天理市議会における本件契約の承認の議決は適正にされており、何ら瑕疵はなく、前川は、右議決に従った代金で本件土地を売却したに過ぎない。

3 前川、被告小川及び被告安田代表取締役らの間に何ら共謀関係はない。

4 前記のとおり、本件土地の売買価格は適正に定められたものであるから、天理市に何ら損害は生じていない。

第三  争点に対する判断

(本案前の争点)

一  原告らは、被告小川が、前川との共同不法行為によって天理市に対する損害賠償義務を負っていると主張しているのであるから、被告小川は、法二四二条の二第一項四号の「怠る事実に係る相手方」に該当する。したがって、被告小川は被告適格を有し、被告小川に対する訴えは適法である。

二  なお、住民が法二四二条の二第一項四号により当該実体法上の請求権を住民訴訟で行使している以上、当該普通地方公共団体が右請求権を行使して訴訟を提起することに問題がないわけではない。

しかし、住民が地方公共団体に代位して訴訟を提起する場合と、地方公共団体の長が地方公共団体を代表して自ら訴訟を提起するなど当該実体法上の請求権を行使する場合とでは、その法律上の効果を異にする(法九六条一項一二号参照)し、事実上も大きな差異がある。もともと、住民が法二四二条の二第一項四号の請求をし、かつ、仮に勝訴したからといって、地方公共団体の長が当該実体法上の請求権を行使したことにはならない。また、普通地方公共団体の長は、訴訟係属中は訴訟参加(行政事件訴訟法四三条三項、四一条一項、二三条)などの手続をとることが可能であるところ、このような手続をとらない以上、その不作為は違法と評価されてもやむを得ない(右参加があれば住民の長に対する訴えは却下されることとなろう)。しかも、四号請求とともに三号請求をすることを認めても何ら不都合は生じない。

結局、被告市長に対して法二四二条の二第一項三号により「怠る事実」の違法確認を求める訴えも適法である。

(本案の争点)

一  天理市が本件土地を売却した際の価格は適正であったか否か

後掲各括弧内の証拠によれば、次の事実が認められる。

1 平成二年八月、天理市は、被告小川の提案で本件土地の時価の鑑定を不動産鑑定士辻田武和に依頼し、辻田は、平成二年八月一七日時点で、本件土地の価格を「擁壁及び整地工事等に係る費用」として二〇パーセント(五億五七七〇万円)の減価をした上で、二二億三〇八〇万円(一平方メートル当たり一五万六〇〇〇円)と評価し、同年九月初めころに天理市長であった前川宛に鑑定書(以下「辻田鑑定」という)を提出した(甲五、三四、証人辻田武和の供述)。

2 前記【争いのない事実等】5記載のとおり、被告安田建設は、平成三年一〇月二一日、本件土地のうち1万1699.07平方メートルを四〇億円(一平方メートル当たり三四万一九〇七円)で売却しており、不動産鑑定士中井敬和は、平成三年七月一〇日時点で右土地を四六億七九六〇万円(一平方メートル当たり四〇万円)と評価していた(甲二二三)。

また、被告安田建設代表者は、譲渡から二年ほど前に緑地建設を通じて本件土地の価格調査をさせたところ、その結果は約三五億円ほどであった(乙五の一〇頁)。

3 ボーリング調査の結果である平成元年一二月付けの「天理市嘉幡町地内焼却土埋設物調査報告書」、同じく平成二年三月付けの「地質調査結果報告書」によれば、本件土地にし尿が埋設されている形跡はなく、本件土地の上層部の盛土約三メートルから約五メートルに廃棄物(ビニール、鉄片、タイル、レンガ、木片、布切れ、プラスチック、焼却灰、瓶など)が埋設されていたに過ぎない(甲一九九、乙一一)。そして、木村春彦京都教育大学名誉教授は、右地質調査結果報告書の内容を前提とすれば、本件土地に対する地盤改良工事は不必要であり、擁壁及び整地工事等に係る費用は二億円もあれば足り、仮に地盤改良工事が必要であるとしても二億二五〇〇万円を超えることはない旨の意見書を提出している(甲二二四)。右意見内容に不合理な点は認められない。

4 したがって、辻田鑑定が本件土地の「擁壁及び整地工事等に係る費用」として計上した五億五七七〇万円を低額に過ぎると見ることはできず、右鑑定には合理性があり、本件土地の価格は、平成三年三月一五日(本件土地の譲渡時)時点で、二二億三〇八〇万円(一平方メートル当たり一五万六〇〇〇円)を下らなかったというべきである。なお、本件土地の一部が交換されているが、同一地域の同一面積を交換しているから、右認定には何ら影響しない。また、本件土地の一部が地積更正され増加しているが、本件土地の売却時点ではそれを確認できなかったのであるから、この点を考慮すべきではない。

5 被告らは、本件土地には、し尿その他の廃棄物が埋設されており、その改良に費用を要するとか、被告安田建設は、本件土地には、相当量のし尿を含む廃棄物が埋設されており、被告安田建設は、その土質改良や造成・外構工事等に一五億円を超える費用を出捐していると主張する。そして、前川は、「本件土地にはし尿が概算で四万立米ぐらい蓄積されていたと思われる」などと供述する(前川第六回口頭弁論調書二丁)。しかし、本件土地にし尿が埋設されている形跡はなく、前認定の廃棄物に係わる土地改良工事については、丙二五、二六、三〇ないし三三、六四、六五や被告安田建設代表者の供述によっても、実際にどのような工事がされたかは不明であって、被告安田建設主張のような約一五億円ほどの土地改良工事等がされたと認めることは困難である。そして、そもそも、右3のとおり、本件土地は土地改良工事を必要とする土地ではなく、右のような多額の金員が土地改良工事等のために支出されたというのは不自然である。

以上の事実関係によれば、天理市から被告安田建設に対する本件土地の譲渡は、著しく低廉な価格で譲渡されたものと認められる。

二  前川の責任について

そこで、前川が右著しく低廉な価格で本件土地を譲渡したことが、背任等の不法行為を構成するか否か、あるいはその裁量逸脱行為に該当するか否かを検討する。前記【争いない事実等】、天理市嘉幡町地内元公有地譲渡問題調査特別委員会記録〔平成四年四月二一日付け(甲一二)、同年五月二九日付け(甲一三)、同年七月一四日付け(甲三七)〕、平成四年三月九日付け天理市全体協議会記録(乙五)、証人米澤節、前川、被告小川英昭及び被告安田建設代表者の各供述並びに後掲各括弧内の証拠によれば、次の事実が認められる。

1 前川は、平成元年ころ、巽住宅から本件土地の売買の話を持ちかけられ、奈良県議会議員米澤節(以下「米澤県議」という)に依頼して、株式会社幸生企画を通じ、本件土地の地質調査を行って前記地質調査結果報告書を入手している(甲二〇七の1ないし5、二一一、乙一一、前川第七回口頭弁論調書一二丁ないし一五丁、証人米澤供述九丁)。また、前川は、米澤県議の紹介で被告安田建設代表者と知り合い、本件土地を県から譲り受ける前の段階で既に被告安田建設から本件土地を買い受けたいとの申し入れを受けており、天理市が県から本件土地を買い入れたのも、右申し入れが前提となっていた上、平成二年九月か一〇月ころ、被告安田建設代表者は、一三億円から一五億円の範囲内の代金額を考えている旨を前川に伝えていた(前川第六回口頭弁論調書七丁、第八回口頭弁論調書三〇丁、被告安田建設代表者第九回口頭弁論調書二三丁、二五丁)。

2 米澤県議は、被告安田建設代表者に前川が発起人の一人である三共建設株式会社を紹介した(甲一二一、被告安田建設代表者第八回口頭弁論調書二九丁ないし三二丁、証人米澤供述一〇丁)。被告安田建設は、右三共建設との間で、平成二年一二月二九日の段階で「天理市スポーツセンター建設工事及びその他工事」の名称で工事請負仮契約を締結し(丙七三)、かつ、三共建設に対し、その前日には内金として五億円を支払ったほかに、平成三年八月から平成四年まで約一四億六五〇〇万円を支払った(丙四ないし一〇、六五ないし六七、六九、七〇、七二、七三)。また、被告安田建設は米澤県議から株式会社ダイテツを紹介され(甲二〇六、証人米澤供述一二丁)、ダイテツとの間で本件土地に関して請負契約を締結し、平成二年一二月二七日の段階で二億円を支払ったほかに平成三年三月二八日にも二億八〇〇〇万円を支払っている(丙二五、二六、被告安田建設代表者第八回口頭弁論調書一二丁)。

3 そして、後記企画コンペを経て、平成三年二月二七日、天理市から被告安田建設に対し本件土地を売却する【争いない事実等】2記載の仮契約が締結され、右仮契約には転売につき市の許可を必要とし、かつ、用途指定の特約もあったが(甲六)、被告安田建設は譲渡前から本件土地を転売する予定にしており、右仮契約当時、前川及び小川もそれを認めるつもりであった(前川第七回口頭弁論調書四丁、三一丁、被告小川第一〇回口頭弁論調書二八丁ないし三二丁、被告安田建設代表者第九回口頭弁論調書一五丁)。平成三年五月二〇日付けの右転売や用途指定の変更についての前川の承諾に係わる稟議書は、前川の指示により作成されたもので、前川及び被告小川の決裁はされているが、右承諾につき議会の議決はされていない(乙七、前川第七回口頭弁論調書三一、三二丁)。

4 平成三年一〇月二一日、本件土地のうち1万1699.07平方メートルが被告安田建設から浅沼興産に四〇億円で転売され、被告安田建設に約三〇億円ほどの転売利益が入った。

本件土地に建設された近鉄百貨店の物流センターや温水プールの設計を前川の娘婿である前川浩二が代表取締役をしている株式会社都市企画設計コンサルタントが請け負っており(甲六七、一八九の一、一九七、丙二三、二四)、本件土地が譲渡されたことで右都市企画も利益を受けた。

5 前川は、前記のとおり米澤県議を通じ、地質調査の結果を承知しており、本件土地にはし尿が埋設されていないことも認識していたし、平成二年九月ころには、辻田鑑定を見て、その内容を承知していた(前川及び証人辻田武和の各供述)。本件土地の売却についての天理市議会の議決を得るにあたり、前川や被告小川の側から辻田鑑定や右地質調査の結果が提示された形跡はない。

一において認定・判断したとおり、本件土地の改良工事には被告安田建設が主張するほどの費用を要しないと認められるところ、被告らは、①天理市が奈良県から本件土地を低廉な価格で取得していて、これを高額で売却するのは土地転がしとの非難を受ける、②本件土地の売買には、天理市民が望む温水プールの建設と市民に低料金でこれを利用させるという条件が付せられていた、として本件土地の売買価格が低廉な価格でも相当であると主張する。しかし、①については、本件土地がもともと天理市の所有地であった(【争いのない事実等】1参照)ため、天理市が奈良県から買い受けた本件土地の代金額は、奈良県の取得費用に県の開発公社の利率と県の保有期間を勘案して定められたものであること(甲四七)に照らせば、右①の被告らの主張は採用できない。また、②については、被告安田建設が負う義務は、天理市と被告安田建設との間に結ばれた協定書によれば単に天理市民が低料金(その価格も未定)でプールを利用できるというものであって(甲四四)、本件土地を前記のような低廉な価格で売却することを正当化する理由にはならない。

そうすると、前川は、辻田鑑定をもとに価格を設定して売却することが可能であったと考えられる。前川が、著しく低廉な価格で本件土地を被告安田建設に売却したことにつき、これを合理的であるとするような事情は見当たらない。

前川が、被告安田建設から本件土地を買い受けたいとの申し入れを前提に天理市として県から本件土地を買い入れ、後記の企画コンペを経て被告安田建設に辻田鑑定の二分の一以下の著しく低廉な価格で本件土地を売却し、市議会の議決を経た上、その議決を経ずに転売及び用途指定の変更を承諾した一連の行為は、天理市が損害を被る一方で、被告安田建設等にかなりの利益を与える結果となることが認められるから、前川の行為は市長としての裁量を著しく逸脱する違法なものであって、市長としての任務に背き、かつ、被告安田建設等の利益を図ったものと評価するほかはなく、天理市に対する不法行為を構成するというべきである。

三  被告小川、被告安田建設と前川の共同不法行為について

原告らは、被告小川及び被告安田建設につき、前川の不法行為に加担したと主張するのでこの点について検討する。後掲各括弧内の証拠によれば、次の事実が認められる。

1 被告小川は、平成二年一二月ころの段階で、既に被告安田建設に対し、後記の企画コンペの話をしていた(被告安田建設代表者第九回口頭弁論調書三六丁、被告小川第一一回口頭弁論調書三九丁以下)。

2 天理市は、被告小川の発案で、平成三年一月一〇日付けで、同月三一日まで(なお、応募するか否かの点は同月一六日まで)にプール施設を中核とした本件土地の利用計画企画書を提出するようにとの通知を被告安田建設・ニチメン住宅販売共同事業体、リンクスジャパンイトマンスイミングスクール、巽住宅販売株式会社、村本建設株式会社の四社に発送した(以下「本件企画コンペ」という)が、これに応募してきたのは、結局、被告安田建設・ニチメン住宅販売共同事業体だけであり、右共同事業体の計画が採用されることとなった(甲四の1ないし5、一一)。

3 ニチメン住宅販売と被告安田建設とは、平成三年一月一六日に本件土地の専任媒介契約を結んだに過ぎず、共同事業体を組んだことはなかった(甲四の6、一三、乙五、丙七五、七六)。

被告小川は、被告安田建設とニチメン住宅販売との間には、右専任媒介契約が存在するだけで、共同事業体の実体がないことを知りながら、議会対策のためであることを被告安田建設代表者に告げて、被告安田建設に対して共同事業体の名義で応募するように指示し、被告安田建設は、本件企画コンペに「安田建設株式会社 ニチメン住宅販売共同事業体」の名義で書類を提出した(甲四の2、一〇、被告小川の第一〇回口頭弁論調書一七丁裏、二〇丁裏、第一一回口頭弁論調書一二丁及び被告安田建設代表者の第八回口頭弁論調書八丁、第九回口頭弁論調書一一丁)。

4 平成三年三月四日天理市議会定例会において、前川や被告小川が出席した上で、天理市総務部長(当時)であった加藤憲幸は、本件土地がゴミの残土処理のため多額な経費を要すること、本件企画コンペの予定業者四社を選定し、応募した被告安田建設を買受業者として決定したことを説明している(甲五〇)。また、被告小川が出席した同月五日の天理市議会文教民生委員会と同月八日開催の天理市議会総務財政委員会において、加藤は本件土地の残土処理に一三億円ほどかかること、本件土地の譲渡先が被告安田建設とニチメン住宅販売の共同事業体であり(この点は被告小川も同旨を説明)、両者で事業計画の同意書が作成されていること、本件企画コンペにより右業者が選定されたこと、被告安田建設が資本金一億九二〇〇万円でプール建設の経験業者であること等の説明をしている(乙三、一〇)。

以上の事実によれば、被告小川及び被告安田建設代表者により、本件土地の買受人があたかも被告安田建設とニチメン住宅販売との共同事業体であるかのように仮装されたものである。

被告安田建設代表者は、被告小川には、被告安田建設とニチメン住宅販売とが、共同事業体の関係にないことを十分に説明しており、共同事業体名義の「嘉幡町地内開発事業基本計画書」(甲一〇)の一枚目は関知しない旨を供述する(被告安田建設代表者第八回口頭弁論調書七丁など)が、天理市の執行機関にそのような説明をしていても、右執行機関との共謀が問題となっている本件においては、被告安田建設がその責任を免れるものではなく、また、右基本計画書の二枚目や前記共同事業体代表者安田建設名義の書簡(甲四の2)に会社代表者印を押捺している以上、同様にその責任を免れない。

前認定のように、被告安田建設とニチメン住宅販売との共同事業体は実体がなく、また、平成三年一月一〇日に、同月一六日までの短期間に応募するか否かの通知を求める本件企画コンペは形式だけのもので、二で認定した諸事情の下においては、前川、被告小川、被告安田建設の間において、本件企画コンペ前に既に被告安田建設への本件土地の売却が決められており、本件企画コンペは、まさに、議会対策のために被告安田建設への譲渡の合理性を仮装するために行われたものというべきである。

そして、前認定の事実に照らせば、加藤の説明は真実にそぐわないといわざるを得ず、また、加藤は、前川や被告小川の意向を受けて前記の答弁をしたと考えられる。

以上の事実と二で認定した事実からすると、被告小川及び被告安田建設代表者は、前川の不法行為に共同して加担したというべきであり、被告小川及び被告安田建設代表者の行為は、天理市に対する共同不法行為を構成する。

四  議会の議決について

被告らは本件土地の譲渡については、法九六条一項六号、二三七条二項の議会の議決がされているから適法であると主張するので、この点について検討する。

1  適正な対価によらない財産の譲渡又は貸付けは、当該普通地方公共団体が財産の運営上損失を蒙り、その財政破錠の原因となって住民の負担を増加させ、あるいは、特定の者の利益のためにその運営が歪められることとなり、地方自治を阻害する結果となる虞がある。そこで、法九六条一項六号、二三七条二項は、普通地方公共団体の財産の市場価格以外による譲渡について、当該対価による財産の譲渡の必要性及び妥当性の審査、すなわち、当該対価による譲渡が当該普通地方公共団体の利益になるか否か、普通地方公共団体が財産的損害を受けることにならないか否か、当該譲渡が当該普通地方公共団体の財政にどのような影響を与えることとなるか、当該譲渡の対価が適切なものか否か等の地方自治的な政策判断の審査を住民を代表する議会で受けた上、その許可を経なければ譲渡ができないとしたものである。右の市場価格以外での譲渡の危険性に対する立法趣旨及び地方自治体の長は議会の議決の単なる執行者ではないことからすると、普通地方公共団体の財産の市場価格以外での譲渡が普通地方公共団体の長の裁量を著しく逸脱したと認められるか又は不法行為が成立すると認められる場合には、たとえ譲渡につき議会の議決があったとしても、その長の行為の違法性が阻却されるわけではなく、長の行為に加担し共同不法行為が成立する者に対する関係においても違法性は阻却されない。

2  しかも、法九六条一項六号、二三七条二項の右立法趣旨からすると、地方議会における当該対価による財産の譲渡の必要性及ひ妥当性の審査に重大な瑕疵がある場合には、当然に違法性が阻却されることはありえない。

本件土地の譲渡の議決については、前記三の4のとおり、議会において、市長側に譲渡の相手方、低廉譲渡する理由のいずれにも虚偽ないし重大な説明義務違反があり、しかも、転売禁止条項や用途指定が付されているのに何ら遵守されていないことからすると、前川及び小川はもとより、被告安田建設に対する関係でも、本件議決には重大な瑕疵があり、本件譲渡は適法な議決によっていないというべきであるから、本件土地の譲渡に関する違法性は阻却されない。

五  損害について

1 前記のとおり本件土地に関する辻田鑑定(甲五)は、本件土地譲渡時点における評価として合理性を有すると認められるから、右鑑定を基準として本件土地譲渡による損失を評価すべきであり、右鑑定価格の二二億三〇八〇万円から本件譲渡価格である九億七九九四万四五五四円を控除した金一二億五〇八五万五四四六円が本件損害(被告安田建設に対する関係では右金額が不当利得額でもある)と認められる。

2 原告らは、本件土地のうち1万1699.07平方メートルが四〇億円で転売されたことを基準とすべきであると主張するが、市長が鑑定価格のとおりの価格で本件土地を売却していれば、直ちにこれを違法ということはできないから、右四〇億円を損害額算定の基準とすることはできない。また、原告らは、本件土地が後に地積増加更正がされていることを理由として損害算定の基準となる地積を増加後のそれにすべきであると主張するが、本件土地の譲渡時点では測量がされていなかったのであるから、右の主張も採用できない。

なお、本件土地の一部が後に交換されているが、同一地域の同一面積を交換しているから、損害の算定について何ら影響はない。

3 被告前川清子(相続分二分の一)、同前川俊子及び同山本泰子(相続分各四分の一)は、被告相続人である前川の損害賠償債務を相続分に応じて承継したというべきである。

第四  結論

以上の次第で、原告らの請求は、天理市に対し、被告前川清子は金六億二五四二万七七二三円、同前川俊子及び同山本泰子は各金三億一二七一万三八六一円、被告小川英昭及び同安田建設工業株式会社は各金一二億五〇八五万五四四六円並びにこれらに対する平成四年六月二四日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を各自支払うよう求めるとともに、被告天理市長が、右支払の請求を怠る事実が違法であることの確認を求める限度でいずれも理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条但し書、九三条但し書を適用して、主文のとおり判決する(なお、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さない)。

(裁判長裁判官前川鉄郎 裁判官井上哲男 裁判官近田正晴)

別紙一覧表1〜3〈省略〉

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